ふるえて眠れ
4
リッチのもとへと続く道程は困難を極めた。
襲いくるゾンビの群れ。
リビングメイルに埋め尽くされた回廊。
様々な罠。
ゼルガディスは闇に包まれた心を振りかざし
剣を薙ぐ。
突く。
払う。
裂き、
割り、
打ち砕き、
破壊し、
滅ぼし、
殺す。
いつしか嘲笑が漏れる。
白い法衣は血にまみれ、
赤黒く染まっていった。
血生臭いこの場所に光は指さない。
ゼルガディスは独り、奥へ奥へと進んでいく。
そして、やっと辿り着いた洞窟の最深部にそれはいた。
「ここまで来たのが何者かと思ったが・・・
レゾの狂戦士か。」
目の前にいるのは人間としての生を捨て、
不死の身体を得た魔道の追求者。
屍肉でできたその口で、
聞きたくもない名を口にする。
「この身体をもとに戻す方法を探している・・・」
幾度も問うた問いを繰り返す。
「なぜ力を手放す?」
フードを払ったリッチの側頭部にもう一個の顔が浮き上がる。
「ここまで辿り着くほどのその力を。」
そしてまたひとつ、じゅるりと耳障りな音をたて新たな顔が現われた。
「俺が求めたのは力ではない。」
『嘘をつくな。』
三つの口が同時に、
またかわるがわる言葉を紡ぐ。
「ぬしの姿を顧みよ・・・」
「血にまみれ笑っておった。」
「笑っておった。」
『ぬしはもう人間ではない。』
「たとえその身体ではなくとも」
「戻ったとしても」
『ぬしはもう人間には戻れん』
「おまえはその術をもたない・・・か。」
「合成獣ごときの研究をなぜ私がせねばならん?」
わかっていた事だ。
リッチが興味を示すのは己の事のみだ。
しかし万に一つに賭けた。いつものことだ。
「邪魔をした。」
踵を返した彼に、火球の呪文が投げられる。
術を纏ったままだった剣で火球を吹き散らし、
同時に唱えた防御結界でその後の衝撃から身を守る。
「我が求めるは、力のみ。」
「暇潰しに相手をせよ。」
言ってそれぞれの口が数個の火球を生み出した。
「奇遇だな。
俺もその無駄に多い口を潰したいと思っていたところだ。」
ゼルガディスも剣を構え術を紡ぐ。
一瞬の静寂の後、
ぐごうんっ!
凄まじい音をたてリッチの放った火球が炸裂し、
「ダイナスト・ブレス!」
刹那炎の影から身を踊らせたゼルガディスが発動した氷の蔦が床を這う。
聞き慣れぬ呪文を唱えリッチの錫杖が正円を描く。
キンッと澄んだ音をたて氷はその進撃を止めた。
氷を追うように切り掛かったゼルガディスの剣は
しかしリッチの片口から生まれた腕のような触手に阻まれる。
「ほう・・なかなかやる。」
再び距離をとり対峙し、2つの口で術を紡ぎだしながら1つ残った口で語りかける。
「なぜそこまでの力を捨てようと望む?」
耳をかさずゼルガディスは思考を巡らせる。
厄介な相手だ。
こいつに致命傷を与えるには・・・
『恐ろしいかっ!』
言葉と共に人間の生むフレアアローの数倍はあろうかという炎の矢が生まれる。
ゼルガディスはそれを見て取るとリッチに向かって駆け出した。
「馬鹿がっ!」
矢は放たれ、
直撃する。
ゼルガディスは炎に包まれ
そのまま壁に叩きつけられる。
しかし、直撃を受ける数瞬前に彼の放った短剣が、
リッチの喉元を貫いていた。
ひゅーと空気の抜けるような音をたてる喉元を
不思議そうな顔を浮かべリッチは見た。
自らの不死の身体に突き刺さった銀の短剣。
油断。
「合成獣ごときがっ!」
怒りに身を震わせ視線をもとに戻す、と。
いつの間にか駆け寄っていた男の剣で両断されていた。
ゼルガディスは痛む身体を引きずり
リッチの上半身に足をかけた。
「おまえは・・・ここで何を得た?」
力を求め、人である事を捨て、こんな洞窟の中で1人。
剣を突き付け問うた。
「哀れんでいるつもりか・・・?きさまも・・・同類だ・・・」
言い放ったリッチは怨嗟の言葉を吐きながら新たな火球を生み出す。
しかしそれが形を成す前に。
首を落とされリッチの身体は灰と消えた。
いまさらのように、
奴の言葉が身を苛む。
お前はもう人間ではない。
確かにそうかもしれない。
闇を選んで。
こんな光の指さない場所で。
たったひとりで。
ふいに笑いがこみあげる。
その笑いは部屋中に反響し、動けない彼を、
いつまでも苛んだ。