ふるえて眠れ

3

ぱちぱちと音を鳴らし炎がはぜる。

ぼんやりと照らし出された闇の中、
手近な木にもたれ空を見上げる。

月は見えず、ただただ闇が広がっている。
2つ目の山を越え、野宿の場に選んだ渓谷の森。
彼はいつか見た美しい月を思い出していた。

あの少女は笑っているだろうか。

あそこではいつも風が吹いていた気がする。

炎は揺れ、それにあわせて生まれた影が闇に踊る。

「・・・・・さん!見て下さいっ!」
「・・・・・さん!綺麗ですねっ!」
「・・・・・さん!聞いてますか?」

名を呼ぶ声が思い出せない。
別れたのはほんの数日前なのに。

「やさしくって、あったかくって、幸せにしてくれるんです。」

俺に言わせればむしろ、それは。

名を呼ぶ声を発する事ができない。
ほんの数日前まで普通にしていたはずなのに。

例えば縋り付いて、例えば力ずくで。
あの場所に留まったとして。

少女は笑うだろうか?

少女には待っている人がいる。

自分の守れなかった暖かい場所。
それを奪われた少女を見て、何故か怒りを覚える自分がいた。
あの珍妙な暑苦しい王子は、嫌いではなかった。
自分がいつか失った日溜まり。

それを自分が奪うのだとしたら。

それこそ救いようがない。

自分はレゾを嫌う。
コピーレゾになるわけにはいかない。
執着し、溺れていく者を何人も見てきた。

自分は弱く、愚かだ。

しかし誰かをこの泥濘に巻き込む事はすまい。

それがせめて自分にできる事だ。

つかの間辺りを照らした炎は消え、
再び闇に包まれた森の中。

彼はいつまでも空を見上げていた。

月の見えない空を。


next
back to novel top
back to top