ふるえて眠れ

2

黙々と出発の準備をする自分を
何を言うでもなく眺めていた剣士が、
ふいに呼び掛けてきた。

「なあゼル。お前さんは1人でも笑えるのか?」
「なんのことだ?」
「俺はど−やったって1人じゃ笑えん。」
うんうんと頷きつつ語りかける男が問う。
「お前さんはこれから笑わないままか?」

「俺が追っているものは・・・笑いながらいけるようなものではない。」

例えば強姦されたとすれば、こんな気分になるのだろう。
自分が汚された気がして。
その傷がいつまでも残り、
奇異の目にさらされ、
鏡を見るたび思い知らされる。

自分は勝ちたいのだ。
この呪縛に。
過去の己に。
赤法師に。
そのためには。

「ゼル、お前さんは強いが。」

何かを犠牲にしなければ、
到底辿り着けない。

「でもやっぱり1人じゃ笑えんと思うぞ。」

強いと言うなら、目の前のこの男。
戻れと叫ぶ自分の遥か上に。
高く高く飛んでいった。

「俺はあんたほど強くない。」

だからここにいると不安になる。

暖かいこの場所が、

また崩れ去るのが。

「ゼルガディス・グレイワーズだ。」

だからこいつのように暖かな場所で、
笑い続ける事はできない。

だからせめて、次会う時までこいつらが笑顔でいられる事を願う。

「次会う時まで、ちゃんと覚えていろよ。」

笑って拳を差し出す剣士と拳を打ち合わせる。

「なあぜル・・・・」

踵を返した背中に声がかけられる。

「グレイ・・・なんだっけ・・・?」
 
「・・・・・・。」


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