ふるえて眠れ

1

ある街の裏通り、
表向き治安の良いこの街は、
一つ道を違えるだけで暗い掃きだめへと姿を変える。

ランプの明かりに照らされ赤く染まったその通りを
ゼルガディスは1人歩いていた。

どこからか品の無い笑い声が響き、
道の端にたむろする浮浪者たちの異臭が鼻をつく。
朽ちかけた石段を踏み締め彼は歩を進める。

歩きなれたはずの裏街道が、
何故かひどく疎ましいものに感じられた。

蒸し暑い夜、油でも含んだかの様に重い風が彼の法衣をなぜる。

自分は暖かい場所にいすぎた。
自分は光を見すぎた。

明るい場所から暗がりに戻って、
まだ目が慣れていないだけだ。

じきに、
慣れる。


やがて目的の酒場に辿り着く。
目当ての男は最も奥の、最も暗い場所を好む。

「・・・マルメラドフ。」
名を呼ぶと背中のまがった小男がびくりと身を震わせる。
「やあ・・・ずいぶんと珍しい男だ・・・」
ネチリとした笑みを浮かべた男は片方しかない目を見開いて答えた。

もう片方の目は腫れ上がった目蓋に隠れ伺う事ができない。
「レゾの旦那はどうしてる・・・?」
せわしなく両手で酒瓶をこねる。
「この近くにリッチが棲むと聞いた。」
「か、か・・合成獣の次はリッチかい。
 あの旦那もいかれた趣味は変わらんなぁ。」
びくびくと体を震わせ無気味な笑い声をあげる男の
顎を掴み壁に叩き付ける。
「余計な口を聞くな。商売道具を引き抜いてやろうか・・?」
「あんたこそ忘れてる・・・この舌を動かそうと思うんなら・・・」
顔色を変える事もなく左手でこんこんと机をたたく。
無言で数枚の金貨を投げてやるとかけられた手を振りとき
奇声を上げた。

「あんたは気前がいい。あんたは気前がいい。ひっ・・ひ・・」
金貨を捧げ持ち目の前で揺らす。
「これでまた酒が飲める・・あんたは気前がいい・・」
吐き気がする。
「金は払った。はやく動かせ。」
醜悪なこの男も、淀み切ったこの場所も。
「北に二つ山を越えな。リッチが棲むのはその洞窟だ。」
しかし何より醜悪なのは、
「深いぞ・・・あんたは気前がいいから教えてやる・・・」
未だこんな場所に俺を縛り付けるこの身体だ。

「あんたは気前がいい・・・これで酒が飲める・・・あんたは気前がいい・・・」

男はいつまでも繰り返していた。

明るい光を知り、
風を感じ、
穏やかな場所を見つけ、

しかし

この光の指さない、
風の吹かない、
泥濘を選んだのは自分だ。

男は、いつまでも繰り返している気がした。




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