朧月の下で

ー2ー

とても眠れる気分ではなかった

アメリアはじっと朧月を見上げる。

月を眺めるのは好きだった。
しかし今日の月はどうにも心を不安にさせる。

朧に霞み形を無くしたそれは・・・
いつも与えてくれていた暖かさを無くしてしまったように感じる。

知らず魔竜王の言葉が反芻される。
「父さん・・・母さん。」
自らの信じるものの象徴のような二人を呼ぶ。

何故揺らいでしまったのか。

あの程度の言葉で。

聖王国で皆の笑顔を願い。
それを守る事。
暖かいそれを正義と呼び自分は愛してきた。

1人と皆を天秤にかけ、
傍らの人物を守ろうと願うことは悪なのだと。
魔竜王はそう言った。

何故揺らいでしまったのか。

冷たくなっていく体を思う。
両の手に張り付いた赤。
何度呼び掛けても答えず、
暖かかった青年が冷たくなっていく。

1人の笑顔と皆の笑顔を天秤にかけ、
傍らの人物の笑顔を願うことは悪なのだと。

魔竜王はそう言ったのだったか。

思考は惑い繰り返す。

確かだったものが形をなくし
不安をあおる。


溜め息と共にアメリアは腰を上げる。
こんな夜は高い木にでも登って、
そして、忘れてしまえばいい?

森の中で見上げた月は朧に霞んだまま、
やけに、大きく見えた。

晴れない気分を押し込めるように、
上をむいてアメリアは歩く。


宿を出てほどなく、
唐突に辺りに静寂が訪れた。

「ま・・まさか魔族?」
身構えて辺りを伺う。

しかし魔族の結界とは質が違う気がした。
急に音が消えるのは結界に取り込まれる時と同様だが・・

首を巡らすアメリアの目に白い法衣が飛び込んできて
「・・・。」
アメリアは息を飲んだ。

朧月の下、剣を振るうゼルガディスは、とても美しく見えた。

振るう剣に淀みは無く。
残滓の描く軌跡が闇の中浮かび、消える。

その剣に迷いはなく、
とても、とても美しかった。

そう感じた。

何故あの人はこんなにも強くいられるのだろうか。

暗闇の中独り剣を振るい、
あのように迷いなく、強くある事が自分にできるのだろうか。

あの程度の言葉で・・・
迷い、悩む自分が、とても小さく感じられて。
知らず頬を涙がつたった。

やがて朧月は雲に包まれ姿を隠す。
伴い次第に軌跡は乱れる。

アメリアは体術こそ超一流に属するが
剣術に関しては素人だ。しかしその彼女にさえわかる明らかな乱れ。

ひたすらに剣を振るう。
何かを振払うように。

美しく円を描いた残滓は途切れ
彼の好む魔法のような赤い光が刀身に纏わりついているように見えた。

そして一瞬垣間見たその表情に・・

「ゼルガディスさん!」

思わず声をあげていた。

彼が、泣いているように見えた。




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