朧月の下で

ー3ー

「アメリア・・・
 何をしているんだ、こんな時間に。」

剣を振るう手を止め彼が問う。

「す・・・すいません。邪魔しちゃいましたか?
 月が綺麗なんで散歩してたんですけど・・・。」

顔を上げた彼は普段と変わり無く。
今見たものが幻だったような気にさせる。

「お前・・大丈夫なのか?」
唐突な問いかけ。
「何がですか?」
「ひどい顔だぞ。」

言われてはじめて涙が止まっていないことに気がついた。
「や・・・そんな言い方しなくても。」
慌てて涙を拭き
「デリカシーに欠けてます!」
指をさして言い放ってみる。

「俺にそんなものを求めるな。」
言いながら指した指を捕まれ降ろされる。

その顔はやはり普段と変わりがなかった。


木の下に並んで腰を降ろし、
再び顔をのぞかせはじめた月を見上げる。
「剣の、、練習ですか?」

まさか何故泣いていたかなどとは聞けず
当たり障りの無いような質問を投げる。

「眠れる気分ではなくてな・・・」
あっさりと答える少し掠れた声を訝しみ、
顔を向けるとほのかに漂う香に気付く。

「ゼルガディスさんひょっとして酔ってます?」
「悪いか。」
一睨みと共に短く答えそっぽを向いてしまう。
「・・・色々ありましたからね。」
つい先程までの、命をかけての戦いと奪われた仲間を思う。

「ああ。大変なのはこれからだろうが・・・」
答える声に平素の強さは感じられず。
何故だか朧げな彼が不安にさせる。

そっぽを向いたままの顔は伺う事ができない。
だからつい・・
「ゼルガディスさん?」
掌を重ね呼び掛けた。

びくりと体を震わせ目を見開いて重ねられた掌を凝視する。
ほんの少し前にあれほど強いと感じていた彼は
やはりひどく朧げに映り、
重ねた掌に知らず力がこもる。

「あの・・大丈夫ですか?」
「何が・・・」
掌を見つめ俯いたままのゼルガディスを見る。
「泣いてるように見えます・・・。」
口をついた言葉はとても言えないと思っていたものだった。

「俺は・・・」
ゼルガディスは顔を上げない。
続かない言葉をアメリアは待った。

「繰り返したくない。」

眠っているのかと思うほどの間を開け
紡がれた言葉は理解できないものだった。

「・・・何をですか?」
問いを投げても答えは返されず。
「それだけだ。」
続けられた言葉もまた理解できない。

しかし最後の言葉はいつもの通りの彼の声で。
やっと上げられた顔に浮かぶ表情は、
強い光を宿していた。

彼の行動が理解できないのはいつもの事だ。
しかし彼の言葉がこうあやふやな事は珍しい。

けれど、さっきまで朧に霞んで
冷たくなっていく体を思い出させた彼は今。

いつも与えてくれる暖かさを持っている。

それだけで十分だった。

自然と頬が緩む。

なんだかずいぶんと久しぶりに、
笑顔になれた気がした。
「・・・そういえば。」
頬と共に緩んだ心のせいか。
一つの問いが口をついた。
「何であの時庇ってくれたんですか?」

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こいつの行動が理解の範疇を超えているのはいつもの事だ。

ぼろぼろの泣き顔で立っていようが
泣いているだのとわけのわからん問いを投げかけられようが。
いきなり手を握ってこようが、
今また傍らで満面の笑みを浮かべていようが、だ。

別に驚きはしない。

・・・多分だが。

しかしそんな事を聞かれても。

正直答えに困る。

第一なんだってこいつがそんなことを聞くんだか
もともと勝手に庇ったのはそっちの方だ。

「なら・・・なぜあんたは俺を庇ったんだ?」
問いかけをそのまま返す。
「?」
思い当たらないといったように首をかしげる。
「サイラーグで、だ。」
「それは・・・守りたいと思ったからですよ?」
当然のように答える。

ほらな。やっぱり理解できん。
出会ったばかりの「怪しい」男を何故庇ったりするのか。
御得意の正義ってやつなんだろうが。

・・・しかし、守りたい・・か・・・

確かにさっきまで捕われていた闇の中には。
守れなかった者達と
守りたいと感じている者達がいた。

余計な荷物になると思っていた。
それを認めてしまう事は。

今までそういう思いを抱いた相手は
誰1人として生きちゃいない。

今回だって十分厄介な事になっている。

しかしそれでも自分は・・・
繰り返す事を望みはしない。

確かなのは守りたい人間がいるという事。
「それで十分だろう。」

アメリアが目を見開く。
その深い青からつい目を逸らす。

この理解できないお姫さまもやはり。
その中の1人だ。

そういえばこいつがいつだったか、
俺の笑顔が暖かいと言った事がある。
それも理解できん、

俺に言わせれば暖かいのはむしろ・・
傍らの少女が重ねた掌を見る・・・

掌を・・・・?

・・・・重ねていない・・・・

いつの間にか立ち上がったアメリアは
あさっての方向を見ながらぶつぶつ言ってやがる。
大抵こういう時は。
「そーですよね・・・それで十分なんですよ・・・」
「おい・・・アメリア?」
深夜にこれはまづい。
「守りたいってのは立派に正義です!
 もしそれでダメだって言うなら
 両方とも守っちゃえばいいんです!
 それでこそ正義ってもんです!・・・ぅぐぇ・・」
握りこぶしを作ったところでマントを強く引いて黙らせる。

振り向いた彼女はにかっと笑って言った。

「ありがとうございます!ゼルガディスさん!」

ほらな。やっぱり理解できん。

いつだってこいつはころころと表情を変え、
最後に笑うんだ。

全く理解できんし、できるようになりたいとも思わんが・・・
まあ、悪くはないといったところか。
・・・・・・多分だが。

「何に対する礼だ?それは。」
まともな答えが帰ってくるとは思っちゃいない。
こいつが落ち込んでいるのに気付いてはいたが
今の会話のどこに立ち直る要素がある?

「いろいろです。
 私も色々迷うところはあったんですが!
 これでぐっすり寝られそうです!」

言い放って踵を返して走り去る。
「なんなんだかな・・・」

問いかける暇も与えず走り去った少女に対して独りごちて、
彼は木に頭を預け月を見上げる。

いつの間にか霞は去り、美しい月がそこにはあった。
何かを美しいなどと感じたのはずいぶんと久しぶりで、
だから。

月の美しい夜だったのを覚えている。








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