朧月の下で
月の美しい夜だったのを覚えている。
しかしとても眠れる気分ではなかった。
ドラゴンズピークでの戦いを終え、ふもとの宿で4人それぞれ部屋をとる。
しかしそこには金髪の剣士の姿はない・・・
ー1ー
とても眠れる気分ではなかった。
ゼルガディスはじっと天井を見上げる。
頭に上った血は引きそうにない。
思い出したくもない記憶の断片が脳裏に浮かんでは消えていく。
「くそッ・・なんだって今さら・・・」
独りごちて枕元の酒を口に含む。
紛らわそうと流し込み続けたそれは意味を成さず。
最悪の気分を助長することしかできない。
空になった酒瓶を放り投げゼルガディスは身を起こした。
マントを羽織り剣をはき宿を出る。
眠れぬ夜には剣を振るのがいい。
この体になる前からの癖だ。
御しきれぬ思いは沈めてしまえばいい。
森の中で見上げた月は朧に霞んだまま、
やけに、大きく見えた。
ゼルガディスは独り剣を振るう。
無心で剣を突き、払い、振り降ろす。
月明かりを受け剣の軌跡が円の残滓を目に残す。
ただただ静かに。
彼は剣を振り続けた。
やがて朧月は雲に包まれ姿を隠す。
闇が濃さを増した森の中。
彼はそこに壮年の剣士を見る。
髭をたくわえた陽気な魔道師。
赤い衣。
浮かび、消えていく亡骸さえ残さず消えた者達の影。
圧倒的な力の前に。
何もできない自分の目の前で。
怒りを映し刃は乱れる。
しかし止める気すら起きず。
一心に振るい続ける。
捕われた金髪の剣士。
およそ似合わない、呆然とした表情を張り付かせた赤毛。
風のように自らに纏わりついた淀みを吹き飛ばした二人。
・・・代価は払ったはずだ・・・
忌わしい体の代わりに力を得たのではなかったか・・
飲み続けていた酒が今頃になってまわっていくのを自覚する。
冷たくなっていく体。
疎みながらもいつの間にか
傍らに立つことを許しはじめていた。
暖かかった少女が冷たくなっていく。
・・・代価は払ったはずだ・・・
だのに何故まだ奪われるのか。
圧倒的な力の前に。
何もできない自分の目の前で。
浮かび、消えていく影。
もうたくさんだ・・・
振り払おうと彼は剣を振るう。
振り払えない影を。
振り払えない淀みを。
振り払おうと彼は独り剣を振るう。