日溜まり
少年はよく笑うようになった。
そうすれば青年は微笑んでくれるから。
少年はよく話すようになった。
そうすれば青年は微笑んでくれるから。
少年は彼の助けになろうとした。
そうすれば青年は微笑んでくれるから。
だから少年は力を求めた。
しかし青年はもう微笑むことはなかった。
少女は笑う。
そうすればまた青年は微笑んでくれる。
少女は語る。
そうすればまた青年は微笑んでくれる。
少女は彼の助けになろうとする。
そうすればまた青年は微笑んでくれる。
そう信じて。
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『日溜まり』---sideZ---
遠い遠い記憶。それは日溜まりの様に穏やかで。
誰も入ってくるなと閉ざしたはずの扉が何故か何の抵抗もなく開かれる。
そこには見たことのない青年が立っていた。
「寂しかったでしょう。」
一人で膝を抱えていた自分を抱き上げる大きな手。
優しい微笑み。開かれることの無い目。
「おじちゃん誰?」
泣き続けて枯れた声で少年は問う。
「わたしはレゾ。
あなたのお爺ちゃんです。」
頭を埋めた肩はとても暖かかった。
「これからはわたしが傍にいますよ。
ゼルガディス。」
その声は、微笑みは、いなくなった二人に似ていた。
「レゾ・・・おじいちゃん?」
「・・・レゾでいいですよ。お爺ちゃんはいりません。」
微笑みを苦笑に変えて青年は答える。
「さあ、いきましょうゼルガディス。
お腹が空いているでしょう。暖かいスープを作ったんです。」
自分を降ろそうとする青年の首にしがみつく。
暖かさを、手放すのが恐かった。
「・・もう大丈夫ですよ。」
青年が開け放った扉から差し込む日射しが涙で滲んだ。
青年の傍は暖かかった。
癒された人々の笑顔、部下達の笑顔、
そして青年の微笑み。
笑顔に包まれたその場所は日溜まりのように穏やかだった。
しかしいつからか日溜まりは陰りはじめた。
少年はよく笑うようになった。
そうすれば青年は微笑んでくれるから。
少年はよく話すようになった。
そうすれば青年は微笑んでくれるから。
少年は彼の助けになろうとした。
そうすれば青年は微笑んでくれるから。
だから少年は力を求めた。
しかし青年はもう微笑むことはなかった。
遠い遠い記憶。それは日溜まりの様に穏やかで。
それ故に少年は再び扉を閉ざした。
「これは俺個人の問題だ。」
もはや誰を頼る事もなく
「お前らには関係ない。」
誰を傍に立たせることもない
扉は、閉ざしたのだから
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『日溜まり』---sideA---
初めて見たのはコピーレゾとの戦いの最中、
まるで別人のようなその微笑みは、とっても暖かくって
わたしもとっても幸せになれるんです。
「ゼルガディスさん・・・髪の毛ちゃんと生えてくるかしら?」
久しぶりに再会したゼルガディスさんは以前より険を増したように見えて、
だから励まそうとしたんですけど・・・。
「アメリア〜。そんな気にすんじゃないわよ。」
俯いてしまった私にリナさんが声をかけてくれる。
「でも、なんか傷つけちゃったみたいで・・・」
「ま〜。ゼルにとっちゃあの身体のことは、ね。・・・はぐっ・・・」
「・・・リナさん。今食べたの私のお肉・・・。」
いつのまにか二人とも食卓に戻ってます。
そういえばまだ食事の途中でした。
「あたし達にとってゼルはゼルってこと。あいつもわかってるわよ。
ちょ〜っとからかいすぎたみたいだけどね〜。」
「そうですね・・。また笑ってくれるの見たかったんですけど。」
「なに?ゼルが笑うってニヤリとか・・そおいう・・・?」
「違います!もっとこう優しくてあったかくて・・
こっちも笑顔になっちゃうようなやつです!」
・・・リナさん?・・・ガウリイさんも・・・
・・・何で固まってるんですか?
・・・わたし何か変なこと言いました?
「ゼルのそんな顔見たことある?ガウリイ?」
骨つき肉を両手に問うリナさんに、
プルプルとスパゲティをくわえたまま首を横に振るガウリィさん。
「そうなんですか?なかなかいいんですよ〜あの笑顔!」
そう、思い出すだけで幸せになれるくらい・・
「でもなんか・・久しぶりにあったのに・・」
彼は笑ってくれそうにない。
「前より辛そうで・・」
また俯きそうになったわたしの頭に手が置かれて
くしゃくしゃと撫でられる。
「まっ、だからついてくんだろ?
どーやったって一人じゃ笑えんからな。」
さすが!わかってますね!ガウリイさん!
「そーです!私たち仲良し四人組の友情パワーで!!
ゼルガディスさんに笑顔を取り戻すんです!!!
これぞ正義の・・・何ですかリナさん?いいところなのに〜」
「・・・座れ・・・頼むから・・・
視線がイタヒ・・・」
そ・・そういえばここ食堂でした・・・。
少女は笑う。
そうすればまた青年は微笑んでくれる。
少女は語る。
そうすればまた青年は微笑んでくれる。
少女は彼の力になろうとする。
そうすればまた青年は微笑んでくれる。
そう信じて。
アトラスシティで狂気に捕われた魔導師と戦い
セイルーンでは魔族と戦った。
妙な着ぐるみを着たり
さらに妙な歌を歌ったり・・・
様々な事件を乗り越え、
4人での旅も自然なものになった。
しかしクレアバイブルの手がかりを得ることはなく
青年の微笑みを再び見ることもなかった。
そして今
青年は独り難しい顔で考え込んで、
少女の手には金色のカップ。
少女はそれを青年に差し出す。
微笑みと共に
「はい、見たかったんでしょ。クレア・バイブルの手がかり。」
驚いた顔をして
カップを手にした青年は
やっと微笑んだ。
そう、その笑顔が見たかったんです。
まるで別人のようなその微笑みは、とっても暖かくって
わたしもとっても幸せになれるんです。
だから
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『日溜まり』---no side---
「えへへ・・」
「さっきから何をにやけてるんだ。」
悪い冗談としか思えない落ちがついたブラスラケッツ大会の帰り道、
隣を歩くアメリアはことさら上機嫌だ。
いつもの事だと言えばそうなのだが、
さすがにここまで破顔している様を見ると問いかけてみたくなる。
「にっ・・にやけてますか・・?」
両手で赤くなった頬を押さえる。
「ああ。かなりな・・優勝したのがそんなに嬉しかったのか?」
「違いますよ!」
言って俺の前にまわって足をとめる。
「久しぶりに笑顔が見れたからです!
ゼ・・ゼルガディスさんの・・・」
振り向かない彼女の表情は見えない。
「俺の笑顔だと?」
この肌になってから笑った記憶はないような気もするが・・・
つい顎に手をやり岩肌をなぞる。
「知らないんですか?やさしくってあったかくって
幸せにしてくれるんです!」
唐突に振りかえった彼女の顔にはほんの少し前、
差し出されたカップと共に見たあの笑顔。
「だから、また笑って下さいね!」
言葉を置いて走り去った。
夕暮れの町は赤く染まり
残された青年は
いつの間にか失った笑顔と、
いつの間にか傍らにある笑顔を思う。
「はい、見たかったんでしょ。クレア・バイブルの手がかり」
そこに、日溜まりのような暖かさを感じて。
誰も入ってくるなと閉ざしたはずの扉が何故か何の抵抗もなく開かれる。
目の前で微笑んだ少女を見て、
遠い昔の日溜まりを思いだした。
そこはやはり暖かく・・・