そして夜の帳が落ちる頃。
アメリアたちは、宰相邸の前に立つ。

隣国にまたがる巨大な湖に面して佇むそこは、
一国の宰相の私邸にしてはずいぶんと豪奢なものである。

受ける印象は屋敷と言うよりは城に近く。

月明かりを受けた優美な外観を湖面に映し佇んでいるそこは
まるで一枚の絵のような静けさだ。

しかし、四方を覆う高い壁には数メートルごとに 監視カメラが覗き。
なにより邸内からもれる殺気が、そこが臨戦体勢に入っている事を確信させる。



「あの・・・作戦とかたてなくていいんですか・・・
 武器も・・・。」
近くの店にでも行くような調子で行くぞと言われ、
ついてきたはいいが、三人は着のみ着のまま。

見たところ、リナとゼルガディスは丸腰。
銃を持っているにしても絶対的に火力が足りない。
武器と言えば唯一ガウリィが剣を持っているが・・・。
アメリア本人も慌てて手にした自身の愛銃意外何の用意もなしだ。

第一あの後、なにかしら説明があると思っていたが、
彼等が起きたのは出発の直前。
不安にならない方がおかしいだろう。

しかし問われたゼルガディスは肩をすくめ笑みを浮かべる。
「十分さ。まあ見てな」
「そゆこと。もちょっとこった警備でもしててくれればね〜。
 他の手も考えるんだけど。今回は・・・」
にこやかに話すリナがかざした手。
そこに、ゆっくりと辺りを朱に染め、炎が集まる。

「な・・・」
絶句したアメリアが凝視するその目の前で、
リナの手の先に形を成す炎の玉。
「力押しで行くわ!!」
投げ付けられた火球は轟音を轟かせ、鉄壁に見えた壁を粉々に吹き飛ばす。

「うふふ、も〜え〜て〜き〜た〜!」
目を輝かせ、リナが炎の渦巻く壁面に飛び込む。

「ま・・・あいつの場合十中八九、力押しだけどな・・・」
のほほんと呟いた金髪の剣士が、鯉口をきってそれに続く。

「こ、攻撃魔法・・・?」
呆然。遥か昔に失われた秘術だと聞いていた。
使える者がいると言う噂すら殆ど聞いた事がない。
伝説の中のものだと思っていたのに。

そして、驚愕と同時に1つの可能性が頭をよぎる。
ガンマンと剣士、そして攻撃魔法の使い手。
まさかとは思うが、この三人組は・・・

「嬢ちゃん。遅れるなよ」
固まるアメリアの横をすり抜けつつゼルガディスが声をかける。
「ま・・」
待てという言葉を飲み込んだ。
自分が、追い付かなければいけない。

しかし、もしもここまでしてパイカルがいなかったら・・。
沸き上がる背筋が凍る想像を押し込める。

もはや骰子は投げられたのだ。
覚悟を決めて、アメリアもその身を炎の中に踊らせた。






炎を抜けると中庭に溢れる黒衣の集団。
防弾チョッキとそれぞれの装備に身を固め、
ゆうに百人をこえる頭数にものを言わせ押し寄せる。
しかし、
「ふっとべ〜〜!!」
嬉々としたリナの放つ魔法が言葉どおり彼等を四散させる。
彼女の詠唱が朗々と響く度、その手の先で炎が踊る。

彼女の周囲を護りながら、戦っているガウリィも圧巻だ。
それはもはや剣技と呼ぶ事さえためらわれる。
銃弾さえその刀身で弾き返し、剣が煌めくごとに、周囲の人間が倒れ伏していく。

そして邸内から狙う狙撃手はゼルガディスによって一人、また一人とその数を減らしていた。
マグナムは本来狙撃には向かないはずなのだ。
なのに暗視用ゴーグルをつけた狙撃者よりよっぽど正確な射撃。

たった三人で多数を圧倒するその光景に身震いしつつ
アメリアも戦場に飛び込んだ。

顎を打ち、足を払い、鳩尾に一撃。
舞うように人垣の中をすり抜け、存分にその体術を振るう。

「やるじゃない!さっすがフィルさんの娘!」
楽しげに声をあげるリナにとびきりの笑顔を返す。

しかしその笑顔の下で、
疑念がその色を濃くしていくのを感じてもいた。




黒衣の集団は瞬く間ににその数を減らし、数分後。
中庭で動いているのは4人だけになった。

そのまま歩を緩めず、一気に邸内になだれ込む。

ガウリイの一閃で扉は細切れに、踏み込んだ先は宰相の地位にふさわしい豪奢な吹き抜け。

一行はそこで足を止めた。




その視線の先。
ニ階へと続く長い階段に、美しいドレスを纏った女性が独り佇んでいる。

電気の落とされた室内で、
紫の髪から覗くイヤリングの光だけがちらちらと妖しい輝きを放っていた。

戦場と化したこの場所で、ただの女性が自分達の前に立っていられるだろうか。

その異様な雰囲気に、アメリアの頬に汗がつたう。




その緊張をといたのは、
「やっほー。ゼロス!おつかれ!」

リナの明るい一言。
「リナさん。10分遅刻です。」
答えながら女性がドレスを翻す。

脱ぎ捨てたドレスの下に現われたのはつなぎのライダース。
黒の皮でできたそれは・・・あまり、センスがいいとは言えない・・・。

なにより・・・
「あの人・・・。男の方なんですか・・・?」
すがるような視線をゼルガディスにおくる。

「ああ、見ての通りの趣味の持ち主だ・・・。」
苦々しげに答えがかえってきた・・・。

「ちょ、ちょっとゼルガディスさん!これは今回の内偵で仕方なく・・・」
抗議の声をあげたゼロスがアメリアを目にし言葉を止める。

「アメリアさんじゃないですか!?」
突如名を呼ばれたアメリアは、すいとゼルガディスの後ろに身を隠す。

「ど、どこかでお会いしましたっけ・・?」
自分の知り合いにはこんな希少な趣味の持ち主はいない。
「いやあ〜。一応あなたと、お会いするのは初めてです」

「ちょっとゼロス!おしゃべりはそのへんにしときなさい」
にこやかに礼をするゼロスにリナが横やりを入れる。

「あいつの本業は情報屋だ。あんたの事を知ってても不思議じゃない」
警戒をとかないアメリアにゼルガディスが言葉をかける。

納得できたわけではないが、この何もかもが桁外れな人間たちに囲まれていると、
そういうこともあるかも知れないと思えてしまう。

「そうでしたそうでした。
 でもリナさん?10分遅刻だと言ったでしょう?」
笑みを絶やさず窓を指差す。
「パイカルさん。逃げるみたいですよ」
その視線を辿ると湖面に浮かぶ大型のボートが1槽。
「なっさけないこと・・・」

「で?宰相のほうはどうなってる」
がっくりと肩を落としたリナに代わってゼルガディスが問うが
「ああ、彼は偽装工作と言いますか・・・
 パイカルに脅されて仕方なくってシナリオみたいですけど?」
「・・・つくづく・・・情けない・・・」
ゼロスの答えにそろって肩を落とす。

「ゼロス・・・こっちは任せたわ。
 証拠ないってんなら適当に何かお願い」
「了解しました」

相変わらずの笑顔のままで答えたゼロスに背を向け、
三人は窓を割り、外に飛び出す。

慌ててその後を追いながら、
アメリアは残された男の顔がゆがめられているのを、視界の端に捉えていた。



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